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    歴史

    1: トラネコ◆EDwr815iMY 2015/08/21(金)19:47:17 ID:1eb
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    日本人奴隷の存在に激怒した愛国者・豊臣秀吉
    岩田温
    2015年08月21日 15:06

    豊臣秀吉の名前を聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
     織田信長の草履を暖めていた話だろうか? 一夜にして築いたと伝えられる墨俣城だろうか?
     それとも、朝鮮出兵の話だろうか?

     これらの話は有名だが、豊臣秀吉に関しては、多くの国民に知られていない逸話があり、こちらの方が、非常に重要だと考えている。詳しくは『人種差別から読み解く大東亜戦争』を参照して欲しいが、簡単に書いておく。

     それは、豊臣秀吉が、日本における奴隷制の強烈な反対論者だったという事実だ。
     奴隷制というのは、日本の内部の話ではない。戦国時代、多くの大名たちが欧米人との間で奴隷貿易を行っていた。これも教科書に記載されていない重要な事実だ。
     多くの日本人が奴隷として売りとばされ、哀しい想いをしていた。これに関して、豊臣秀吉は激怒し、キリスト教の宣教師に対して詰問する。


    「予は商用のために当地方に渡来するポルトガル人、シャム人、カンボジア人らが、多数の日本人を購入し、彼らからその祖国、両親、子供、友人を剥奪し、奴隷として彼らの諸国へ連行していることも知っている。それらは許すべからざる行為である。
    よって、汝、伴天連は、現在までにインド、その他遠隔の地に売られて行ったすべての日本人をふたたび日本に連れ戻すよう取り計らわれよ。
    もしそれが遠隔の地のゆえに不可能であるならば、少なくとも現在ポルトガル人らが購入している人々を放免せよ。予はそれに費やした銀子を支払うであろう。」

    私自身、この秀吉の言葉を知ったのは、奴隷について一生懸命研究するようになった後だ。多くの日本人は、愛国者であり、日本人を奴隷とすることに断固として反対した秀吉の姿を知らないはずだ。
     先に引用した言葉を何度も読み返してほしい。
     私は非常に真面目で、同胞を想う秀吉の愛国心、同胞愛が滲み出たよい言葉だと思う。
     何故、教科書では、こうした豊臣秀吉の功績を記載しないのだろうか。
     伴天連追放令が出されたことだけを取り上げれば、まるで秀吉がキリスト教を弾圧しただけのような話に聞こえるが、この伴天連追放令の前段階で、キリスト教徒たちによる奴隷売買に秀吉が激怒しているのだ。
    (以下略)
    詳細のソース
    http://blogos.com/article/129458/

    引用元: ・【歴史】キリスト教徒たちによる日本人奴隷売買に愛国者・豊臣秀吉が激怒[2015/08/21]

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    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/18(火)09:04:33 ID:???
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     戦後70年を迎え、戦争体験者や戦没者の遺族の多くが次々と鬼籍に入っている。
    戦争体験の風化が危惧されているなか、愛媛県内の戦争遺構や資料、
    遺品を展示する施設の現状や取り組みを追った。

    70年ぶりに雄姿と再開

     愛媛県愛南町の「紫電改展示館」。昭和53年、同町沖の海底で
    新鋭戦闘機「紫電改」の機体が発見され、翌年に引き揚げられた。
    日本国内では、ただ1機のみ保存展示されている。

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     紫電改は、敗色濃い太平洋戦争末期に零戦に代わる戦闘機として海軍が投入。
    同機は同20年7月に宇和海上空で圧倒的な戦力を誇る敵機と交戦し、未帰還となった1機。

     盆休み期間中の展示館は多くの老若男女でにぎわっていた。
    開館後35年が経過したものの、昨年度は約2万9千人が入館。
    戦闘機をテーマにした小説やドラマなどの影響で入館者はやや増えたという。

     70年ぶりに“雄姿”と再会した神戸市在住の増川正康さん(85)は「懐かしい」と涙ぐんだ。
    増川さんは15歳の時に故郷の同県三崎町(現伊方町)から姫路の軍需工場(旧川西航空機)に派遣された。
    「紫電改の整備をしていた」当時の記憶をたどり、機体の部品を確かめていた。

     同館には、紫電改が配備された松山基地のジオラマなど寄贈品が
    多く展示されており、
    「日本人のもの作りの素晴らしさ、紫電改に乗って命をかけて戦った若者が存在した事実を伝えたい」とメッセージを記している。

    続き 産経WEST
    http://www.sankei.com/west/news/150818/wst1508180018-n1.html

    引用元: ・【社会】日本の空を守った戦闘機「紫電改」 物作りの素晴らしさ伝えたい 愛媛 [H27/8/18]

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    1: トラネコ◆EDwr815iMY 2015/08/15(土)20:18:14 ID:vGB
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    ニコニコニュース
    グローバルナビゲーション
    【戦後70年】日本軍と共に闘った妖怪 ― 「軍隊狸」大活躍の怪
    2015/8/15(土)17:00 TOCANA

     日本が戦争になると、その土地土地の氏神様やお化けたちが、陰ながらに日本軍を支えていたという話がある。古くから自然万物に「八百万の神」の存在を認め、それら全てを畏怖し崇拝するという独自の宗教観を持った日本という国ならではの逸話ではないだろうか。
     そんな中、日本軍にとって最も心強い味方になっていた妖怪がいた。
    それが「軍隊狸」だ。

    ■狸信仰から生まれた妖怪

    「軍隊狸」は、その名の通り軍隊を率いて敵と戦った狸たちであり、その逸話は四国に端を発する。四国では、古来からあちこちに狸が祀られており、狸たちの中には大勢の子分を抱える親分狸もいた。
    そんな親分狸は、自分を神として崇める氏子たちが外国の戦場で苦戦している姿を見ると、子分を連れて加勢をしに現れたのである。

    ■日露戦争を勝利に導いた伝説の狸たち

     古くは日清戦争の頃から日本軍に協力していたといわれる「軍隊狸」であるが、その活躍ぶりが最も顕著だったのが日露戦争時だ。
    日本が軍事大国ロシアを相手に戦争に突入したと見るや、香川県高松市の"浄願寺の禿狸"や愛媛県今治市にいた"梅の木狸"などは一族を率いて出征をし、赤い軍服を着た一隊として果敢に敵国と戦ったという。

     また、愛媛県伊予の喜左衛門という狸は「変化の術」が得意で、小豆に化けて大陸を渡ると、豆をまくようにパラパラと全軍に散り、敵をかく乱した。
    これを目の当たりにした敵将アレクセイ・クロパトキンの手記には、「日本軍の中にはときどき赤い服を着た兵隊が現れて、この兵隊はいくら射撃してもいっこう平気で進んでくる。
    この兵隊を撃つと目がくらむという。赤い服には、○に喜の字のしるしがついていた」との記述があり、未知との遭遇におののくロシア軍の様子を伺い知ることができる。かくして、こんな狸たちの加勢もあってか日本軍は、日露戦争で見事勝利を収めたのである。

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    ■太平洋戦争敗戦の原因は「軍隊狸」の不参加?

     日本軍は、その後に勃発した太平洋戦争時にも、妖怪たちの協力を得て戦ったとされている。
    「天狗が零戦の間を飛び回って敵艦の集中砲火を引きつけてくれた」「九尾狐が野原に火を放ち敵軍の侵攻を止めた」など、その目撃談には枚挙にいとまがない。
    (以下略)

    引用元: ・【戦後70年】日本軍と共に闘った妖怪 ― 「軍隊狸」大活躍の怪。太平洋戦争敗戦の原因は「軍隊狸」の不参加?[2015/08/15]

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    1: 名無しさん@おーぷん 2015/08/12(水)09:48:25 ID:1sf
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    トルーマン元大統領は書簡の中で、「個人的には、一国の指導者の“強情”のために集団を全滅させる必要性があるのか、明らかに後悔している」と心境を吐露していた。また、「一つ言っておくが、私は原爆が全体に必要でない限り、使用しない」
    と日本を降伏させるためにやむを得ない措置であることを強調。さらに「ソ連が戦争に介入すれば、日本は非常に短期間で降伏するだろう」とも記していた。

    トルーマン元大統領は「私の目的は、できるだけ多くの米国人の命を救うこと」とする一方、日本に対しては「日本の女性と子供たちには人間として同情を感じている」
    「私は日本が非常に残酷で野蛮な戦争国家だと知っている。だが、我々も彼らと同じように行動しなければならないとは思わない」と複雑な心境を抱いていることを明かしている。

    書簡を送られたラッセル議員は、原爆投下2日前の8月7日にトルーマン大統領に、「もし我々が、(日本を無条件降伏させるのに)十分な数の原爆を保有していないなら、原爆ができ上がるまで、TNT爆弾でも焼夷弾で攻撃を続ける必要がある」
    などと、日本への徹底的な攻撃を促す電報を送っていた。

    一方、トルーマン元大統領の孫のクリフトン・トルーマン・ダニエル氏は今年6月、聯合ニュースのインタビューに対し「祖父のトルーマン大統領は広島と長崎の原爆被害の
    惨状に大きな衝撃を受け、このために朝鮮戦争時に原爆を使用しなかった」と証言している。

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    この報道に対し、韓国ネットユーザーからは様々なコメントが寄せられている。

    「凶悪な戦争犯罪を起こして知らないふりで通す安倍を中心とした極右日本は人間ではない」

    「トルーマンが後悔してるとしても、我々やアジア諸国はおかげで独立できた」

    「原爆がなければ、韓国は独立できなかった。いまだに日本の植民地で奴隷にされていたらと思うとゾッとする」

    「後悔すべきではない。人類を救った行動だった。日本は原爆がなかったら世界中でもっとひどい戦争犯罪を起こした」

    「日本は負けると知りながらも、自国民を特攻隊として戦わせ、沖縄で陸地戦もいとわなかった。国民の命を大切にしなかった」

    「世界で最も残酷な日本人。いつまた牙をむくか分からない」

    http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/426011/

    引用元: ・トルーマン「原爆投下は後悔している」韓国人「原爆投下は後悔すべきで無い。」

    【トルーマン元大統領「原爆投下は後悔している」韓国人「後悔すべきで無い」】の続きを読む

    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/11(火)11:27:22 ID:???
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    韓中日の文明批評書『風水火』を出版した当代最高の数学者、金容雲・漢陽大学名誉教授

    (略)

    -今回の本で、韓国人は日本人の内面世界を全く理解できていないと書いているが、どういう点を言っているのか。

     「日本は火山列島だ。地震や火山などで、大災害には慣れている。そのたびに、素早く被害を覆い隠して忘れ、
    新たな方向へ向かう。過ぎ去った過去は記憶しない。『あっさり』しているので、歴史意識がないのだ。
    そんな日本の立場からすると、政権が変わるたびに繰り返し謝罪を要求してくる韓国は理解できない」

    -だが「被害者が受け入れるまで謝罪すべき」と語る日本の知識人もいるではないか。

     「人類の歴史は戦争の歴史だ。日本人は、戦争は犯罪行為ではなく国家生存の手段だと信じているのに、
    本当に誤っていたと考えるだろうか。それでも対日外交を過去史問題で一貫させてきた韓国人は、独特ではないだろうか」

    -過去を直視しない日本の方が独特なのではないか?

     「歴史を簡単に忘れる民族と簡単には忘れない民族、不幸な出会いだ。
    韓国人は、人が死んだら『お戻りになった』という。原点に戻るということだ。原点では、常に再スタートする。
    過去史について繰り返し謝罪を要求するのがそれだ。これに対し日本は、人が死んだら『逝く』といい、それで終わる」

    -それで終わるなら、なぜ神社や寺で死者のために追悼を行い、戦犯神社参拝で韓国人を刺激するのか。

     「日本人は、死んだ人間を『仏』と呼ぶ。戦犯も、泥棒も、死ねばそれで終わって仏になる。
    靖国神社参拝をめぐって何か言うと『仏様にお参りすることの何が悪い』と言う。コメディー漫画のようだが」

    -日本人の原型には『甘え』要素があると書いていた。

     「強い人間や権力に甘えるということだ。一方韓国は、権力に対して甘えない。その代わり、村中で『ごり押し』して回る。
    日本が自ら変わるよう引っ張るためには、韓国の国の格や品位を上げなければならない」

    -戦後賠償問題に関して、中国は『報怨以恩』として、日本から戦後賠償名目で一銭も受け取らなかったが?

     「そうして人心を得て、後に日本の資本や技術が導入されるという実利を得た。中国の外交術は、韓国とは比較にならない。
    外交では感情を露わにするのではなく、国家利益を得るのだ」

    -金教授は日本で生まれ、解放されるまで暮らしていた。無意識のうちに日本の肩を持つ気持ちがあるのではないか。

     「日本では、私を『反日論者』と思っている、20年前に日本で『醜い韓国人』という本が出たことがあった。
    これに対抗して、私が『醜い日本人』を出した」

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    全文 朝鮮日報 全3ページ
    http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/08/08/2015080800535_3.html

    引用元: ・【朝鮮日報】「歴史を忘れる日本人と忘れない韓国人、それでも共生を」[H27/8/11]

    【【韓国】「歴史を忘れる日本人と忘れない韓国人、それでも共生を」】の続きを読む

    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/10(月)21:59:51 ID:???
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    地球の歴史に「千葉期」?…国際標準地に命名か

     千葉県市原市の養老川沿いで確認された約77万年前の地層が、地球の歴史を
    区分する「地質年代」の境界として、国際標準地になる可能性が出ている。

     来年の国際会議で選定されれば、258万年前から現在までの「第四紀」の中に、
    「千葉期(チバシアン)」と呼ばれる時代ができる。

     地球は歴史上、地磁気のN極とS極が何度も入れ替わっている。
    養老渓谷近くにある市原市田淵の地層は、地元研究者らが約40年間研究を進めた結果、磁場逆転を示す境になっていることが判明した。
    堆積物に含まれる磁石の性質を持つ鉱物が、
    地層上部では現在と同じ磁気の向きを示したのに対し、地層下部では逆になっていたためだ。

    続き 読売新聞・会員記事
    http://www.yomiuri.co.jp/science/20150809-OYT1T50090.html

    引用元: ・【科学】地球の歴史に「千葉期(チバシアン)」?…国際標準地に命名か[H27/8/10]

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    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/10(月)15:21:46 ID:???
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    井沢元彦氏「中韓褒めるのは嫌だが敵ながらあっぱれな点も」

     戦後70年を迎える今夏、中国・韓国の対日工作は、激しさを増している。
    ジャーナリスト・櫻井よしこ氏と作家・井沢元彦氏が、中韓両国の欺瞞に対し、
    日本の採るべき道を語り合った。

    (略)

    井沢:敵を褒めるのはイヤなのですが、中韓は実にたくみに歴史を利用している。
    日本人は、中韓と違って歴史認識に対して無頓着すぎるんです。
    本来なら歴史は強い武器になるはず。日本は正しい歴史をはっきりと主張すべきなんです。
    中国や韓国は歴史を捏造してまで利用しているわけですから。

     歴史問題を出し続ける中国に対し、これまで日本はなんの主張もせずに謝り続けるばかりでした。
    村山富市元首相や河野洋平元衆議院議長のような“お人好し政治家”は中国のいいなりに
    巨額のODAなどの援助を続けました。日本の支援で余裕を持てた中国は、軍備を増強できたわけです。

    櫻井:敵ながらあっぱれと思う点は一党独裁であるために一度決めた政策をぶれずに継続することです。
    中国は「力の無いうちは国際社会で目立たずに力を蓄える」という
    「韜光養晦(とうこうようかい)」を続けてきました。

     しかし2009年、中国は自国の軍事・経済発展に自信を持ち内向きのオバマ政権誕生で自らを縛る
    「韜光養晦」を解き、強硬姿勢に転じました。その後、2013年にはオバマ大統領は
    「アメリカは世界の警察官ではない」と演説、内向き姿勢を強めています。

    井沢:オバマ政権もなめられたものですね。

    櫻井:ただし歴史を都合良くねじ曲げて他国を侵略する虚飾の「大国」が、国際社会で支持を得ることは難しい。

    全文 livedoor news/2015年8月10日 7時0分 NEWSポストセブン
    http://news.livedoor.com/article/detail/10451220/

    引用元: ・【戦後70年】 櫻井よしこ×井沢元彦「捏造した歴史を利用する中韓は敵ながら“あっぱれ” 日本は反論を」[H27/8/10]

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    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/08(土)23:25:47 ID:???
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    中国・人民網は7日、米ウォール・ストリート・ジャーナルがこのほど、
    「なぜ『日本への原爆投下は正しい決定だった』と言えるのか?」
    と題した記事を掲載したと紹介した。

    記事では「日本を投降させるために原爆投下は必要だったのか?」と分析し、
    「無条件投降しか受け入れず、その後に占領するというのは米国の政策だった」 と指摘。

    続き Yahoo!ニュース/FOCUS-ASIA.COM 8月8日(土)21時25分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150808-00000024-xinhua-cn

    引用元: ・【国際】日本への原爆投下の決定は正しかった―米メディアが報道 [H27/8/8]

    【【戦後70年】米メディア「日本への原爆投下の決定は正しかった」】の続きを読む

    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/08/08(土)20:07:42 ID:???
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    【モスクワ=遠藤良介】ロシアが、米国による広島、長崎への原子爆弾投下を
    「犯罪」として糾弾する動きを強めている。米国を唯一の「非人道的な核使用国」と
    宣伝することで自国の核保有を正当化し、さらに日米分断を図る思惑が垣間見える。
    「米国の原爆でなく、ソ連の対日参戦こそが第二次大戦を終結させた」と主張し、
    日ソ中立条約を破った事実をかき消そうとする論調も目立つ。

     プーチン露大統領に近いナルイシキン下院議長は最近、専門家を集めて原爆問題を討議する円卓会議を主催。原爆投下には
    「当時の連合国だったソ連を威嚇する目的があった」
    などと批判し、「人道に対する罪に時効はない」と述べた。

     ナルイシキン氏はまた、「米ソの戦略核バランスのおかげで第3次世界大戦は起きなかった」とし、ロシアの核戦力は平和目的であるとの主張すらにじませた。
    円卓会議の出席者からは、「国際法廷」を設けて「米国の犯罪」を裁くべきだとする声が相次いだ。

     主要メディアも「原爆投下から70年」を手厚く取り上げている。
    有力大衆紙コムソモリスク・プラウダは、原爆が日本の降伏をもたらしたというのは「作り話だ」とする専門家のインタビューを掲載。
    「ソ連の参戦こそが、もはや勝利の望みがないことを日本に確信させた」と伝えた。

    続き 産経
    http://www.sankei.com/world/news/150807/wor1508070042-n1.html
    http://www.sankei.com/world/news/150807/wor1508070042-n2.html

    引用元: ・【国際】露「米の原爆投下は犯罪」 日米分断狙い糾弾、ソ連参戦正当化も [H27/8/8]

    【【戦争】ロシア「米の原爆投下は犯罪」日米分断狙い糾弾、ソ連参戦正当化も】の続きを読む

    1: 6564億円◆o8vqQW81IE 2015/08/03(月)07:57:05 ID:???
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    被爆70年に合わせてNHKが行った世論調査で、広島と長崎に原爆が投下された日付について聞いたところ、正しく答えられなかった人がそれぞれ全国で7割程度に上り、専門家は原爆について意識を高めていく必要があると指摘しています。

    NHKはことし6月下旬に、広島市と長崎市、それに全国の20歳以上の男女を対象に、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかける「RDD」という方法で調査を行い、それぞれ1000人余りから回答を得ました。

    まず、広島に原爆が投下された日付について聞いたところ、
    「昭和20年8月6日」と正しく答えられた人は、
    広島で69%、長崎で50%、全国で30%でした。

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    また、長崎に原爆が投下された日付について聞いたところ、
    「昭和20年8月9日」と正しく答えられた人は、
    広島で54%、長崎で59%、全国で26%でした。

    さらに、「アメリカが原爆を投下したことについて現在、どう考えていますか」と聞いたところ、「今でも許せない」と答えた人は、広島で43%、長崎で46%、
    全国で49%でした。

    一方、「やむを得なかった」と答えた人は、広島で44%、長崎で41%、全国で40%で、広島では、ごく僅かですが、数字の上では「やむを得なかった」と答えた人が、
    「許せない」と答えた人を上回りました。

    ◎全文は下記からどうぞ(・ω・)ノ
    NHKニュースweb 8月3日付け
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150803/k10010176121000.html

    引用元: ・【NHK世論調査 】原爆投下日を7割が不正解 ~「アメリカが原爆を投下したことについて現在、どう考えていますか」→「やむを得なかった」と答えた人が、「許せない」と答えた人を上回りました。[H27/8/3]

    【【NHK世論調査 】原爆投下日を7割が不正解 ~「原爆投下やむを得なかった」が「許せない」と答えた人を上回った。】の続きを読む

    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/06/28(日)11:09:50 ID:???
    【新華社】 ナチスドイツを率いたアドルフ・ヒトラーの紋付き羽織袴姿の写真が公開された。
    色あせたモノクロ写真に映っているヒトラーは代表的な髪型と口髭で、紋付き羽織袴を着て、
    右手に扇のようなものを持ち、厳格なまなざしでカメラを見ている。
    着物には、ナチスを象徴する鷲のモチーフと鉤十字が入っている。

    この写真は、英紙「デイリー・エクスプレス」電子版に発表され、
    英紙「デイリー・メール」電子版に掲載された。両紙によると、こ
    の写真は1930年代に撮影されたが、具体的な撮影背景と期日は不明だが、
    1936年11月にナチスドイツと日本の間で調印された防共協定を記念して
    撮影されたものではないかとされている。


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    【【歴史】和服姿のヒトラーの写真、英国メディア「こっけいでおかしい」-新華社】の続きを読む

    1: ◆sRJYpneS5Y 2015/06/13(土)21:29:43 ID:???
    【戦後アジアにみる 日本軍の遺産】密かに台湾防衛に貢献した旧日本軍人と蒋介石の「以徳報怨」  (1/2ページ)
    2015.06.13
    Chiang-Kai-shek

     日本の陸海軍軍人の一部は、1945年の敗戦後もアジア各国で“戦い”続けた。
    かつての敵である中華民国にも、台湾での防衛力強化に貢献した。その不思議な関係は知られていない。

     日本軍撤退後、中国本土では中華民国政府と中国共産党の間で第2次国共内戦
    (46-49年)が勃発した。中華民国の敗北が濃厚になった48年から、
    米国は台湾への援助を縮小する。そこで民国軍を支援したのは旧日本軍人だった。

     終戦時に駐蒙軍司令官だった根本博中将は、49年に本土を制圧した共産軍が
    台湾沖の金門島に侵攻した際に、中華民国の軍事顧問として現地指揮官に助言をして
    撃退に成功した。支那派遣軍総司令官だった岡村寧次(やすじ)大将のグループは、
    私的に軍事顧問団を結成。現地に49年から68年まで断続的に100人ほどの
    旧陸海軍の将校を台湾に送った。

     現地責任者の富田直亮(なおすけ)少将が秘匿のために付けた中国名である
    「白鴻亮」から「白団」(パイダン)という隠語で呼ばれた。
    憲法9条の制約があるために、日本政府は表向き白団に支援をしなかったが、隠れて連携は保った。

    【【歴史】密かに台湾防衛に貢献した旧日本軍人と蒋介石の「以徳報怨」】の続きを読む

    1: 6564億円◆o8vqQW81IE 2015/05/09(土)01:03:05 ID:???
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    日本人なら絶対に知るべき無名の戦神 GHQ支配下の最中「釣りに行く」と、普段着無一文で出かけた根本博とは、「満州の撤退戦で軍民35万人の邦人を護った」戦神と恐れられた百戦錬磨の人物であった。

    「金門島の戦い」で、 2万人の共産党軍を撃破。台湾から羽田に着いた時、タラップを降りる根本中将の手には「家を出るときに持っていた釣り竿が一本」出たときのままの状態で握られていました。

    ◎根本博中将とは「金門島の戦い」(大東亜戦争後の毛沢東の中国共産党軍と、蒋介石の国民党軍との戦い)に、並々ならぬ功績を残した人物です。
    ◆◆◆本人の希望により、公式記録には残されなかった人物で、近年(平成20年)になる
    まで、金門島の戦いにおける根本中将の活躍は知られていませんでした。◆◆◆

    日本の敗戦後、苦難の末に台湾に渡り、今日の「台湾」の存在を影から支えた大人物です。
    根本中将に助力をもとめた明石氏は、根本が日本を出港した4日後に過労死してしまう程
    でした。

    そんな根本中将は「日本男子・大和民族の誇り」であると、
    「6564億円」は皆様にお伝えたいのです。
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    【画像】根本博中将
    no title

    【画像】「金門島」
    no title


    ◆◆◆台湾は、支那大陸の福建省から南シナ海で180kmの距離にある島国です。
    ところがその台湾について不思議なことがあります。◆◆◆

    ひとつは「金門島」です。
    「金門島」は支那福建省からわずか『1.8km』のところに、まるで支那大陸にへばりつくよ
    うにある島です。そこが台湾の領土なのです。
    さらにもうひとつ。なぜ台湾本島は、国共内戦当時、支那共産党に攻められたなかったの
    か。これまた不思議なことです。

    大東亜戦争後、米英の支援を絶たれた国民党は、支那各地で八路軍に敗れ続け、ついに蒋介
    石は支那大陸を追い出されています。八路軍側が圧勝していたのです。
    にもかかわらず台湾本島を攻めなかった。不思議なことです。

    ◆◆◆ここに日本人が関係しています。これは戦後60年間、封印された史実です。◆◆◆
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